2019.10.03

【水戸の歴史 其の弐拾弐】水戸藩第10代藩主 徳川慶篤

徳川慶篤は、水戸藩第9代藩主 斉昭と正室 登美宮吉子の間に生まれました。

弘化元(1844)年、父 斉昭の隠居・謹慎に伴い13歳で家督を相続したのですが幼年のため、分家の高松・守山・府中松平家が後見しました。

嘉永2(1849)年、三家の後見は解除されましたが斉昭の藩政参与が認められ、藩政の主体になれない状況が続きます。

そして、安政5(1858)年、斉昭らとともに条約調印を詰問するために登城し、処罰を受けました。

その後も「安政の大獄」や「桜田門外の変」に際して差控・登城停止などの処分を受けます。

慶応4(1868)年3月21日、病をおして藩政正常化のために水戸へ下向しましたが、4月5日に水戸城で没しました。

長子 篤敬が幼少であったため、弟 昭武(ヨーロッパ留学中)の帰国を待って継承させようと、11月までその死は秘されました。

茨城新聞社・発行『茨城 歴史人物小辞典』参照

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